オウム真理教の教祖であった麻原彰晃の死刑執行!の話


オウム真理教の教祖麻原彰晃を含む7人の幹部の死刑執行

2018年7月6日午前中にオウム真理教の教祖であった麻原彰晃(本名・松本智津夫)の死刑が執行されました。同時に当時のオウム真理教の幹部だった6人の死刑も執行されました。
麻原彰晃死刑囚ら7人死刑執行 早川・井上・新実・土谷・中川・遠藤死刑囚

死刑が執行されたのは下記7人です。

・麻原彰晃(本名・松本智津夫)
・早川紀代秀
・井上嘉浩
・新実智光
・土谷正実
・遠藤誠一
・中川智正
オウム真理教が起こした当時の事件をリアルタイムで知っている人達にとってはそうそうたる顔ぶれです。
オウム事件、死刑が執行された7人はどんな人物だったのか
様々な殺人事件を繰り返していたオウム真理教、最大の事件は1995年3月20日に起きた東京都心を走る地下鉄にサリンをまき12人を殺害し、6千人以上が負傷をした地下鉄サリン事件です。この地下鉄サリン事件から23年以上が経過しています。

オウム真理教事件

オウム真理教が関わったとされている事件はものすごい量です。
オウム真理教事件

1988年9月22日 在家信者死亡事件(立件なし)
1989年2月10日 男性信者殺害事件
1989年11月4日 坂本堤弁護士一家殺害事件
1990年 国土法違反事件
1992年9月14日 オカムラ鉄工乗っ取り事件(立件なし)
1993年6月6日 逆さ吊り死亡事件
1993年6月28日 第一次亀戸異臭事件(立件なし)
1993年7月2日 第二次亀戸異臭事件(立件なし)
1993年11月 第一次池田大作サリン襲撃未遂事件(立件なし)
1993年11月~ サリンプラント建設事件
1993年12月18日 第二次池田大作サリン襲撃未遂事件(立件なし)
1994年1月30日 薬剤師リンチ殺人事件
1994年2月~ 自動小銃密造事件
1994年3月27日 宮崎県資産家拉致事件
1994年5月9日 滝本太郎弁護士サリン襲撃事件
1994年5月~ LSD密造事件
1994年6月27日 松本サリン事件
1994年7月~ 覚醒剤密造事件
1994年7月10日 男性現役信者リンチ殺人事件
1994年7月15日 元仙台支部長死亡事件(立件なし)
1994年7月28日 元看護婦拉致監禁事件
1994年9月20日 江川紹子ホスゲン襲撃事件(立件なし)
1994年9月~ チオペンタールナトリウム密造事件
1994年11月20日 鹿島とも子長女拉致監禁事件
1994年12月2日 駐車場経営者VX襲撃事件
1994年12月9日 大阪における拉致監禁事件
1994年12月10日 ピアニスト監禁事件
1994年12月12日 会社員VX殺害事件
1994年12月28日 三菱重工広島研究所侵入事件
1994年12月~ メスカリン密造事件
1995年1月4日 被害者の会会長VX襲撃事件
1995年1月 自動車免許証偽造事件
1995年2月28日 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
1995年3月15日 霞ケ関駅アタッシュケース事件(立件なし)
1995年3月19日 島田裕巳宅爆弾事件
1995年3月19日 東京総本部火炎瓶投擲事件
1995年3月20日 地下鉄サリン事件
1995年3月20日 名古屋における老女拉致事件
1995年3月22日 第6サティアン礼拝堂信者監禁事件
1995年4月-5月 新宿駅青酸ガス事件
1995年5月16日 東京都庁小包爆弾事件

坂本堤弁護士一家殺害事件

オウム真理教の名を知らしめることになった最初の大きな事件です。

事件のきっかけ

「横浜法律事務所」に所属していた坂本堤弁護士は、江川紹子からの紹介で、出家信者の母親から息子のオウム真理教脱会について相談されたことがきっかけとなり、1989年(平成元年)5月からオウム真理教の反社会性を批判・追及し「オウム真理教被害者の会」を組織していた。

坂本堤弁護士一家殺害事件
「オウム真理教被害者の会」として活動していた坂本堤弁護士一家が1989年11月4日に行方不明になってしまいました。坂本堤弁護士の家にプルシャ(オウム真理教のバッジ)が落ちていたため、オウム真理教による犯行であることが疑われていました。

衝動捜査の遅れ

プルシャを落とすなど、非常に雑な感じの犯罪だったので初動捜査をシッカリとしていれば早期にオウム真理教による犯行ということを暴くことができたと思います。初動捜査が遅れてしまった理由として坂本堤弁護士が所属していた「横浜法律事務所」が日本共産党系であったことが指摘されています。

坂本堤弁護士一家殺害事件の真相

事件から5年以上経過し、地下鉄サリン事件が起きた後に警察はオウム真理教に対して本格的な捜査を開始。岡﨑一明死刑囚の自供により坂本堤弁護士一家が殺害されていたということがわかり、山中から坂本堤弁護士一家の遺体が発見されました。
警察と弁護士事務所との関係が事件解決を遅らせてしまい、その後の大事件を防ぐことができなかったことが残念です。

上九一色村でサリン残留物検出とのスクープ記事

地下鉄サリン事件を防ぐことができなかった残念な大きな出来事がもう1つあります。1995年1月1日元旦の読売新聞1面に下記のような記事が掲載されました。

山梨県上九一色村(当時)で、猛毒ガス・サリンを生成した際の残留物質が警察当局によって検出されたと、1995年(平成7年)元日の1面トップでスクープしました。この残留物質は、前年6月に長野県松本市で発生した松本サリン事件(サリンガスで7人が死亡。後に1人死亡し、犠牲者8人)の現場からも検出されていたため、上九一色村に施設を持っていた宗教団体・オウム真理教の関与が一気に浮上。その後のオウム事件報道の先駆けとなりました。

上九一色村でサリン残留物検出
かなり決定的な証拠であり、衝撃的な記事ではありましたが当時はこの記事以降深く追求されることはありませんでした。「その後のオウム事件報道の先駆けとなりました」と書かれていますが、実際はあまり大きく報道されず、大きく報道されなかったことに衝撃を受けたことを覚えています。きっと書けなかったいろいろな事情があったのでしょう。

真相は闇の中

今日の死刑執行で真相がわからず闇に葬られてしまったことがいっぱいになってしまいました。
逮捕後に精神疾患を患っていたにも関わらず、治療を施されない状況だったとの情報もあります。真相を解明するために可能な限りの治療をするべきだったと思います。真相を解明することで今後の似たような事件を防げる可能性が上がるので、真相が闇の中に葬り去られてしまったことはとても残念です。
生きている間にもう一度くらいは規模の大小は問わず、似たような事件が起きると思っています。真相解明ができなかったことの影響がその時にあまり出ないことを願ってます。

この記事を書いた人

山口 健一